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ひきこもりの当事者が自殺しようとされている場合にどういった働きかけによって自殺を思いとどまらせたら良いのか、という趣旨のご相談をひきこもり家族の方から受けることがあります。自殺を抑止するためにご家族ができることは色々あるのですが、まずは本人に対して「死なないで欲しい」と伝えることになります。ですが、本人が死なないで欲しいという家族の要求自体を正当なものでないと反発すること場合があります。そういった場合に家族はどうすれば良いのでしょうか?
ここで問われているのは、家族(他人)に対して死なないことを要求することがなぜ正当なのかという問題です。結論としては、他人に対して自殺しないことを要求するのは、日常的な状況では正当なことであると言えるでしょう。しかし、その正当性の理由はどこにあるのでしょうか? 本人に対して具体的にどのような言葉を伝えるのかということを脇に置けば、本人に対して死なないで欲しいと要求することの正当性は、それが一種の被害防止要求だという点にあると考えられます。つまり、本人が死ぬことは親近者に対して被害を発生させるから止めて欲しいということです。
ここで被害が発生するということは、必ずしも世間的な評判の悪さということではありません。むしろ自殺によって親近者に発生する重大な心理的な負荷が被害の主だった内容であると言えます。自殺によってそのような心理的負荷が発生するという事実は否定しがたいと思われます。そして、他人に対して正当な理由なく重大な心理的負荷を与えてはならないという規範は、私たちにと広く認められている規範です。例えば我々は大音量で音楽を聴くことによって隣人に迷惑をかけるということがありますし、その場合に隣人は我々に対して迷惑をかけることを止めるように要求することができるでしょう。自殺についても同じです。自殺することよって自分に対して重大な心理的ストレスが発生するから、止めて欲しいということです。
もちろんこの点は、誰かの自殺が周囲の人々に与える唯一の悪影響だというわけではありませんし、周囲の人々に関係のない自殺についてはどんな問題点があるのかという点はまた別の話になります。ただ、少なくとも親近者に与える重大な心理的負荷ということだけで、親近者が自殺しようとする人に止めるよう要求するまっとうな根拠にはなるだろうということです。
もしかするともっとポジティブな働きかけの方が人気があるかもしれません。例えば生きる意味を見失っている人に対して、人生の積極的な明るさを示して引き止めた方が良いのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。そのようなケースもあるでしょう。しかし大抵の場合、自殺しようとしている人は非常に思い詰めているのであって、人生の様々な側面について普通の人が思い付きそうなことは思い付いてしまっているということです。そういう状況にある人に対して立ち向かえるだけの言葉を親近者が持っているのかということが問題になります。生半可な話をしようとしても突き返されてしまうのがオチでしょう。対照的に、被害防止要求は自殺しようとしている人が反論しにくい要求であるという点で優れています。
もちろん、被害防止要求以外にも、本人に対して何らかの支援を行った方が良いでしょう。例えば話をよく聞いたり物質的なサポートを与えたり本人の誤解を解いたりするということです。ただしそういったこととは別に親近者は被害防止要求をする権利も持っているということを忘れないことが重要です。「あなたが自殺すれば私は悲しく苦しい」と伝えることは何も、自殺を考えるほど思いつめている相手の苦しさを軽んじることにはなりません。相手の苦しさと併存して自分の苦しさもあると伝えることなのです。実際の場面で誤解を避けるためには、相手の苦しみに理解を示した上で、近親者の側の心理的負荷について述べるのがよいでしょう。
ある種の自殺しようとする人の中には、周囲の人々に対して自殺を認めるように迫っていきます。雰囲気にのまれてしまうと、ついつい(止むを得ない場合でなくても)本人の自殺も止むを得ないと同意してしまいます。自殺を思い止まらせる働きかけを最後まで可能にすることができるアンカーとして、被害防止要求が残っているということをぜひ覚えておいてください。
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